東京地方裁判所 昭和63年(特わ)886号 判決 1988年10月05日
本籍
横浜市保土ケ谷区峰岡町一丁目八一番地の五
住居
東京都品川区南大井三丁目二三番一〇号
パールマンション大森七〇一
無職
坂嘉造
昭和一〇年一〇月二二日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官井上經敏、渡辺登及び郷原信郎出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金八〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、横浜市保土ケ谷区峰岡町一丁目八一番地の五に当時居住し、金十証券株式会社市場部部長(昭和六一年三月三一日以前は株式部部長)である傍ら、営利の目的で継続的に有価証券売買を行っていたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、右有価証券売買を他人名義で行うなどの方法により所得を秘匿した上、
第一 昭和五九年分の被告人の実際総所得金額が九三五七万四三八四円あった(別紙一の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同六〇年三月一五日までに、横浜市保土ケ谷区帷子町二丁目六四番地所在の所轄保土ケ谷税務署の同税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同五九年分の所得税額五一五〇万九四〇〇円(別紙一の(2)脱税額計算書参照)を免れ、
第二 同六〇年分の被告人の実際総得金額が二億三六三八万九一二一円あった(別紙二の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同六一年三月一五日までに、前記保土ケ谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同六〇年分の所得税額一億五一二五万一七〇〇円(別紙二の(2)脱税額計算書参照)を免れ、
第三 同六一年分の被告人の実際総所得金額が三億六万八二〇八円あった(別紙三の(1)修正損益計算書及び所得金額総括表参照)のにかかわらず、所得税の法定納期限である同六二年三月一六日までに、前記保土ケ谷税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右期限を徒過させ、もって不正の行為により、同六一年分の所得税額一億九五一九万六四〇〇円(別紙三の(3)脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実につき
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する昭和六三年四月五日付(八枚綴りのもの)、同月一二日付、同月一四日付、同月一六日付、同月一八日付、同月二一日付、同月二二日付及び同月二三日付各供述調書
一 坂弘子(二通)、木下敏、内田一夫、塩坪見枝子、中島光江、平井洋、藤原巌、大山智彦、中島正雄(二通)、木村明城、森輝彌及び金子孝行(五通、いずれも謄本)の検察官に対する各供述調書
一 佐甲丈志、堀口昭夫及び藤原巌の検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書
一 収税官吏作成の次の各調査書
1 有価証券売買益調査書
2 支払謝礼金調査書
3 雑費調査書
4 給与収入調査書
5 給与所得控除額調査書
6 源泉徴収税額調査書
一 検察官作成の電話聴取書
一 横浜市保土ケ谷区長作成の戸籍附票(写し)
判示第一、第二の事実につき
一 収税官吏作成の受取利息調査書
判示第二、第三の事実につき
一 山口勝秋の検察官に対する供述調書
一 森山五百里の収税官吏に対する質問てん末書
一 検察事務官作成の捜査報告書
判示第三の事実につき
一 木下順子、木下厚、大前博美及び田部井正治の検察官に対する各供述調書
一 本橋寿美恵及び田中勇の検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書
(法令の適用)
一 罰条
判示第一ないし第三の各所為につき、いずれも所得税法二三八条一、二項
二 刑種の選択
いずれも懲役刑と罰金刑の併科
三 併合罪の処理
刑法四五条前段、懲役刑につき同法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第三の罪の刑に加重)、罰金刑につき同法四八条二項
四 労役場留置
刑法一八条
(量刑の事情)
本件は、証券会社の部長をしていた被告人が、昭和五九年以降三年間に合計六億三〇〇三万一七一三円の所得をあげながら、所得を全て秘匿することにより、右三年分合計三億九七九五万七五〇〇円の所得税を脱税したという事案であって、ほ脱額が高額で、ほ脱率も一〇〇パーセントであり、この点からだけでも犯情は悪質である。
被告人は、高等学校卒業後、金十証券株式会社に就職し、同五四年四月、株式部部長、同六一年四月、市場部部長に就任したが、その間、同四〇年代前半ころから、いわゆる「場立ち」としての経験と立場を利用して自己の計算において株式売買(いわゆる手張り)を行うようになり、また、同五〇年ころからは、豊富な人脈を有し情報にも明るい右会社の歩合外務員金子孝行との共同取引も始め、同人と情報を相互に交換しながら、次々に他人名義の有価証券取引口座を開設して株式売買を継続することにより多額の利益をあげながら、その全てを秘匿していたもので、その犯行の動機は自己やその家族等が豊かな生活を送るための資金を獲得しようと意図したことによるもので、何ら酌むべきところはなく、所得秘匿の手段、方法も国税当局による調査解明が極めて困難ないわゆる借名口座を多数使用していた点で計画的かつ巧妙であるのみならず、証券会社の部長として部下社員を指揮監督し、率先範を示すべき立場にありながら、右立場を利用して、時間を遡らせた買付注文伝票の作成や、会社の自己売買対象株の被告人個人への付け替えなど種々の工作をめぐらして手張り行為を続けていたもので、被告人の右行為は有価証券取引の基本的理念を無視し、証券取引法五〇条三号及び証券会社の健全性の準則等に関する省令一条五号に違反するものであり、一般投資家の証券市場の公正さに対する信頼を裏切る行為として社会に及ぼした影響も大きいこと等を考慮すると、被告人の刑責は非常に重大であるといわなければならない。
したがって、被告人は、本件発覚後犯行を全面的に自白して捜査に協力していること、本件各年分の期限後申告を行った上、本税を納付したほか重加算税の一部も納付ずみであり、更にその余の附帯税についても、納付する旨誓っていること、手張りを看過する証券業界の風潮が本件犯行の誘因の一つとなっていたこと、被告人は本件により金十証券株式会社から懲戒解雇され、また、本件が新聞等でも取り上げられるなど既に相当の社会的制裁を受けていること、本件犯行により二か月余の間身柄を勾留されたこと、被告人には前科、前歴がないこと等、被告人のために有利な又は同情すべき諸事情を極力斟酌しても、前記責任の重大性に鑑みると、本件は、執行猶予に付すべき事案とは認め難く、主文掲記の実刑は免れないものと判断した次第である。
(求刑 懲役二年及び罰金一億円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 稲田輝明 裁判官 中野久利 裁判官 中村俊夫)
別紙一の(1)
修正損益計算書
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
坂嘉造
<省略>
所得金額総括表
自 昭和59年1月1日
至 昭和59年12月31日
坂嘉造
<省略>
別紙一の(2)
脱税額計算書
昭和59年分 坂嘉造
<省略>
別紙二の(1)
修正損益計算書
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
坂嘉造
<省略>
所得金額総括表
自 昭和60年1月1日
至 昭和60年12月31日
坂嘉造
<省略>
別紙二の(2)
脱税額計算書
昭和60年分 坂嘉造
<省略>
別紙三の(1)
修正損益計算書
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
坂嘉造
<省略>
所得金額総括表
自 昭和61年1月1日
至 昭和61年12月31日
坂嘉造
<省略>
別紙三の(2)
脱税額計算書
昭和61年分 坂嘉造
<省略>